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【不運を持っていってくれた】——盗難の話から気づいた心の在り方〈続編〉

こんにちは、F E E L です。
前回のあらすじ:「不運を持っていってくれた」という考え方
数日前、
職場の人の娘さんが「自転車を盗まれた」という話を聞き、
私はこう言いました。
「それはきっと、不運も一緒に持っていってくれたんですよ」
いわゆる“厄落とし”のような考え方です。

そのとき同僚は少し驚きながらも、
「そういう考え方、素敵ですね」と感心してくれて、
すぐに娘さんにも伝えてくれたそうです。
続編:「不運が戻ってきました」との報告
そして今日。
その同僚が、嬉しそうに私へ報告してくれました。
「今日、自転車のことをLINEで話したんです。
『それは不運を持っていってくれたんだから、よかったね』
って職場の人が言ってくれたよって。」
……すると。
なんとその 数分前、娘さんに警察から電話があったそうです。
「自転車が見つかりました。
指紋鑑定であなたのものと確認がとれました。」
とのこと。
娘さんからはすぐに、
「不運が戻ってきました」
という返信が届いたそうです。
思わず笑ってしまった「完璧なオチ」
正直、聞いた瞬間に笑ってしまいました。
だって、あまりにも完璧なオチ。
まるで宇宙がユーモアを持って、
「その考え方、悪くないけどね……ちょっと返しておくね」
と言っているようでした。
もしくは、盗んだ人があまりにも“持っていった不運”が重すぎて、
思わず自転車を手放したのかもしれませんね。
不運と幸運の“循環”を感じた出来事
この出来事であらためて感じたのは、
「不運も幸運も、固定されたものではなく、流れている」 ということ。
- 盗まれた時点では「不運」
- 見つかった瞬間には「運のめぐり」
つまり、
「不運が落ちた綺麗な状態の自転車が戻ってきた」
ということなのかもしれません。
“良い”か“悪い”かは、結局のところ 自分の解釈次第。
「笑える不運」になったら、それはもう幸運
人生の中で起きる出来事を、
「笑える話」に変えられるかどうか はとても大事です。
笑えるということは、もう心が癒えているということ。
同僚の娘さんも、
「盗まれた」ことでも「戻ってきた」ことでもなく、
“笑い話になったこと”こそが一番の救いだったはずです。
まとめ:「不運」と「幸運」は表裏一体

今回の件で、
「不運を持っていってくれた」と言った私が、
結果的に「不運を返してもらった」――
そう考えると、
一番幸福なのは、笑ってその出来事を話せる私なのかもしれません。
今日も、「不運」に出会ったら、
「あ、これ、あとで笑えるやつだな」
とつぶやいてみようと思います。
そう思えた瞬間、もうその出来事は“幸運の入り口”です。