部屋の掃除をしていたら、昔好んで飲んでいたお茶の葉を発見した。
新品未開封。
まだ飲めるかな?
そう思って賞味期限を確認すると、2013年と書いてあった。

……13年前!?
もうそんなに昔なのかと驚いた。
おそるおそる袋を開けてみると、内装のアルミフィルムはやや黄ばんでいる。でも、お茶の葉自体はきれいそうに見える。

飲んでみようか。
いや、どうしようか。
しばらく考えたけれど、結局、飲むのはやめて新しいお茶を買うことにした。
お茶を久しぶりに買ってみる
以前購入していた実店舗のお店は、すでになくなっている。
そこで、ネットでメーカーを検索してみる。
見つけた。
レビューを読んでいると、「値上がりした」というコメントが目立った。
まあ、今のご時世、仕方ないよね。
そんなことを思いながら、久しぶりにそのお茶を注文した。
じつは、茶筒が欲しかった
新しいお茶を買おうと思ったのには、もうひとつ理由がある。
最近、茶筒に興味があるのだ。
少し前に箱根へ行ったとき、ポーラ美術館で寄せ木細工の茶筒を見かけた。

そのときは、ただ「おしゃれだな」と思っただけだった。
思わず写真を撮っていたこともあり、きっと本心は気になっていたのだと思う。
ところが、そのあと箱根の町中で寄せ木細工の商品を見て回っているうちに、あの茶筒が気になり始めた。
「あの茶筒が欲しい」
そう思ったら、もう一度調べずにはいられない。
今の時代、ネットで買えるだろう。
検索してみると、ちゃんと見つかった。
購入して数日後、最初に届いた連絡は、ちょっと残念なお知らせだった。
私が希望していた品が欠品しているという。
代わりに、別の木種の茶筒を勧められた。
でも、私が欲しかったのは、最初に見かけたあの茶筒だった。
そこで、「仕上がるまで待ちますよ」とお返事した。
すると、作家さんが制作に入ってくれたそうだ。
それから数週間おきに、進捗状況のメールと写真が送られてきた。
少しずつ完成に近づいていく茶筒。
そして、2か月ほどして、ついに手元に届いた。
これが、美しい。

木のいい香りがする。
……そして、実はまだ使えていない。
もったいなくて、使えない
せっかく手に入れた茶筒なのに、使うのがもったいない。
木の香りもいいし、見た目も美しい。
このまま眺めていたいような気持ちになってしまう。
いや、使うために買ったんだけどね。
今回、新しく買ったお茶の葉を入れればいいじゃないか、と思うかもしれない。
ところが、今回のお茶は、別の茶筒に入れて使っている。
それが、銅の茶筒だ。
実は、銅の茶筒にも興味があった。
銅は、触れば触るほど育って色が変わっていくという。

木製の茶筒も、使ったり、触れたり、手入れをしたりすることで、少しずつ色味が増していくらしい。
買ったときが完成形なのではなく、そこから自分の暮らしの中で変化していく。
そういう道具に、最近、惹かれる。
まずは銅の茶筒を、数年かけて使ってみようかな。
そうやって自分の手で変化を楽しんでから、木の茶筒も使い始めればいい。
……と、今のところは思っている。
本当に使い始められるかどうかは、まだ分からないけれど。
そして、あの味がした
さて、肝心の新しく買ったお茶の話。
久しぶりに淹れて飲んでみると、懐かしい味がした。
一口飲んだ瞬間、
「あ! この味だった!」
とはっとした。
昔好きだった味を、舌が覚えていたのだろうか。
思い出がよみがえった、というのとは少し違う。
何か電流が走るような、刺激を受けるような感覚。
一口飲んだだけで、これだと分かった。
不思議だ。
同じ木から採れたリンゴだからといって、「あ、このリンゴはあの木から採れたものだ」と分かるわけではない。
でも、お茶は違った。
久しぶりに飲んだのに、あのときの味だと分かった。
もちろん、当時と今とで、茶葉の産地や製法、味が完全に同じなのかどうかは分からない。
それでも、私の舌は、確かに「あの味だ」と反応した。
そう考えると、すごいことだと思う。
長い年月が経っても、私が好きだった味を、もう一度味わうことができた。
そこには、メーカーが味を守り続けてきた努力もあるのだろう。
もちろん、実際にどのような工夫をしているのかは分からない。
それでも、久しぶりに飲んだ私が、迷うことなく「あの味だ」と感じられた。
それは、当たり前のことではない気がした。
13年前のお茶は、さすがに飲むのをやめた。
でも、13年前に好きだった味には、こうして再会できた。
掃除をしていて見つけた、古いお茶の葉。
そこから始まった、思いがけない出来事だった。
