通勤中、5日間のうち2日くらいの頻度で遭遇する車がある。
白いホンダのNボックス。
ナンバープレートも覚えてしまった。勝手に「ホンダのNボックス」と呼んでいる。
(そのままだけど)
この車が気になり始めたきっかけは、走行がどうにも安定しないからだった。
発車しないNボックス
ある日、私の前を走ることになったNボックス。
先の車が発車した。
……あれ?
だけど前のNボックスは発車しない。
通勤時間帯は交通量も多い。車が流れ始めたら、ある程度その流れに合わせて走るものだと思うのだけれど、Nボックスは発車のタイミングが遅い。
最初は、たまたまかなと思った。
ところが、1回だけではなかった。
私の通勤時間は、だいたい30分。その間、Nボックスの後ろについて走っていると、発車のタイミングが遅れることが何度もある。
多いときには、7回くらい。
7回って、なかなかである。
さらに、ときどき道路の左右に寄りすぎることもある。
「居眠り運転? スマホでも触っているの?」
そう疑いたくなるような走り方なのだ。
ただ、バックミラー越しに運転手の様子を見ると、スマホは触っていない。
前を見ている。
前の車が発信しようが微動だにしなくて、しばらくしたら思い出したかのように走り始める。
ミラー越しに見える顔立ちからすると、50代前半くらいの女性に見えた。
前を見ているのに、なぜこんな運転になるのだろう。
不思議だった。
どうやら、私だけではないらしい
ある日、Nボックスの後ろを走っていた別の車が、対向車のいないタイミングで爆音とともに追い抜いていった。
おそらく、Nボックスの運転にイライラしていたのだろう。
そして、その結果。
私がNボックスの後ろにつくことになった。
……いや、私もイラッとすることがあるので、気持ちは分からなくもない。
また別の日には、前の車がものすごくあおっているように見えた。
「うわ、めっちゃあおってるな……」
と思っていたら、その車のさらに前にいたのが、あのNボックスだった。
なるほど。
めっちゃイライラさせてるじゃん。
もちろん、前の車があおっていい理由にはならない。
それはそれ、これはこれである。
ただ、Nボックスの後ろを走っていると、私自身もイライラすることがある。
だからこそ、ほかの運転手の気持ちも、なんとなく分かってしまうのだった。
2年越しに、運転手を目撃する
そんなNボックスとの付き合いが、2年ほど続いた。
ある日、いつもは寄らないローソンに、あの白いNボックスが停まっているのを発見した。
なぜ分かったのか。
ナンバープレートを覚えているからである。
「あ、ローソンに寄るんだなぁ」
普段は道路を走っている姿しか見ていなかった車が、コンビニに停まっている。
それだけのことなのに、なんだか新鮮だった。
どんな人が運転しているんだろう。
バックミラー越しに顔は見ていたけれど、実際にはどんな人なのか、ずっと気になっていた。
それからしばらくしたある日。
私の前を、あのNボックスが走っていた。
左手には、私がときどき寄るセブンイレブンがある。
すると、Nボックスがウインカーを出した。
なんと、セブンイレブンに入っていくではないか。
これは……。
運転手を見られるかもしれない!
その日は、特にセブンイレブンに用事はなかった。
なかったのだけれど、私はNボックスについてコンビニに入った。
そして車を停め、ついに運転手を目撃したのである。
思っていたより、普通そうな人だった
車から降りてきたのは、肩までの黒髪にソバージュの女性だった。
細身な印象で、黒いスキニーのようなパンツにデニムジャケット。インナーは、妙にフリフリしている。
メガネはかけていない。マスクをしているので、口元は見えなかった。
私の第一印象は、
「普通そうな人」
だった。
いや、別に、ものすごく変わった人が降りてくると思っていたわけではない。
でも、2年近く運転を見てきて、こちらの頭の中では、いつの間にか「謎のNボックスの運転手」という人物像ができあがっていた。
その正体を知りたいと思っていたのに、実際に姿を見てみると、普通そうな女性だった。
では、なぜあの運転になるのだろう。
ますます分からない。
運転に何か事情があるのかもしれないし、本人は自分の運転が周囲にどんな影響を与えているのか、気づいていないのかもしれない。
もちろん、私には分からない。
だからといって、声をかけて事情を聞く勇気もない。
そもそも、事故を起こしているわけでもないし、彼女の運転を改善させたいわけでもない。
もし私が突然、知らない人から「あなたの運転、気になっているんですけど」と話しかけられたら……。
恐怖でしかない。
というわけで、今後もそっと車間距離を取りながら、見守ることにした。
夏も冬も、デニムジャケット
それ以来、月に1〜2回くらいの頻度で、Nボックスの女性とセブンイレブンで遭遇するようになった。
そして運転は徐々にうまくなっているのか、追い抜かしたくなるほどのイライラは与えなくなった。
ただ、「あれ?前行かないの?」とは思わせるけどね。
そして、もうひとつ気づいたことがある。
彼女は、いつも黒いパンツにデニムジャケットなのだ。
いつも。
夏の、気温37度もある暑い朝も。
冬の、雪が降る寒い朝も。
デニムジャケット。
もちろん、インナーは季節によって違うのかもしれない。でも、私が目撃する彼女は、いつも同じような服装をしている。
なぜだろう。
職場で着替えるから、通勤時はいつもこの格好なのだろうか。
それとも、コンビニに寄る日は、この服装にすると決めているのだろうか。
あるいは、私が遭遇しているのが、たまたま同じような服装の日ばかりなのか。
謎である。
通勤中に出会う、白いNボックス。
最初は、走行が安定しないことが気になっていた。
それがいつの間にか、運転手の顔が気になり、服装が気になり、今では夏も冬もデニムジャケットを着ている理由まで気になっている。
私はいったい、何を観察しているのだろう。
そして今日も、通勤中に白いNボックスを見かけると、つい目で追ってしまうのである。
